この歳になっても、
「人の気持ちを思いやる」ということが難しい。
むしろ、私自身が
「私の本当の気持ちは誰にも分からない」という主義なので、
私が誰かに「その気持ち、分かるよ」ということは、
大変におこがましい、とさえ思うのだ。
しかし、
「もっと人の気持ちになって考えてあげなよ」
「相手の立場になって考えてみろ」と言われる機会・シーンは
結構あるように思う。
でも、でもさ。
例えば、とっても気持ちの弱い子がいたとする。
何か言われると涙ぐんだり落ち込んだり…が
人より激しいタイプだったとする。
この子を、腫れ物を扱うように優しく接することが
果たして本当に「人の気持ちになって接する」という
ことなのでしょうか?
私は、そうは思えないんだ。
無理に厳しくしなきゃいけない、ということじゃなくて。
その子が別のステージに立った時に、
苦労するんじゃないかな、と思うのだ。
今、克服しなきゃいけないことがあるんじゃないか。
今、慣れなきゃいけない、強くならなきゃいけないこと、
あるんじゃないだろうか。
そんなひとつひとつの壁から逃げて、避けて、無視していたら、
いつ、あなたは成長するんだろう。
いつ、あなたは変身するんだろう。
いつ、眩しい笑顔を見せてくれるんだろう?
例えば私を「気の合わない人」と思うのだとしたら、
「私」という壁から逃げるだけで、いいの?
どこにだって、苦手なタイプはいるし、
気の合う人もいれば、当然気の合わない人もいる。
でも、そういう人たち全て合わせて「社会」っていうんでしょ?
「誰とでも仲良くやりなさい」なんてキレイゴトだ。そんなの無理だ。
だけど、「仲良くやるフリ」は大人の義務だ。
逃げるな!逃げるな!
そして、周りも、かばうな!かばうな!
「かばう」という行為は、一見美しいような気がするけど、
かばわれた本人のためには全くならないと思う。
本人が、自分の弱点から目をそらしやすくなってしまう。
自分の弱点を自分の中でごまかすクセをつけてしまう。
そんな自分をさあ、好きになれないんじゃない?
…ま、
私のような「いぢめっこ」がいて、その周囲に「かばう人」がいて、
それが社会で、それでうまく廻っているといえるのでしょうね。
「もっと人の気持ちになって考えてあげなよ」
「相手の立場になって考えてみろ」
こんな言葉を私に投げかけてくれた人を、私はありがたいと思う。
厳しいことを言われると、私だってヘコむけど、
本当に私のためを思ってくれてるから言ってくれることなんだよね。
昔、仲良しの友人(毒舌男)から、
「お前、肌ボロボロ。ちゃんと化粧して、ぴしっとしろよ。」と
言われて、大変ショックを受けたことがある。
「なんて失礼なやつ!肌荒れはアトピーの影響で、気にしてるのに!」と
マジギレしたけど、冷静になって考えると、なんてありがたいんだと思った。
普通、そんなこと言ってくれる人、なかなかいない。
面と向かって言うのって、本当に勇気がいる。
私だったら本人の前では気付かないフリをして、
その子がいない所で「大分ヒドいね、可哀想〜」と言うタイプ。
これを自分に置き換えてみると、
面と向かって言われた方が「なんぼかマシ!」と思うのだ。
カゲで言うな!直接言え!私を可哀想がるな!と吠えたくなる。
言いにくいけど言ってあげた方が本当の親切だ、と思ったら
素直に「あなたのこういうところ、直した方がいいよ」と、
きちんと言えることが「大人」だと思うのだが。
真綿でくるんで優しくすることも大事だけど、
同時にきちんと指摘できる大人になりたいな、と思う。
ちなみに、例の毒舌男はその当時、私を好いていてくれたらしい。
何年も経ってから言うなよ〜〜〜・・・涙・・・
なんて贅沢に時間を過ごしていたんだろう。
悩みが尽きない!と思っていたけど、
その悩みのほとんどは「自分」のことだった。
なぜ自分はこうなんだろう?ばかりで。
あとは、本ばかり読んでいる頭でっかちの耳年増だったから、
ヘンに厭世的になっちゃったりね。
「健康なんて格好悪い」「健全なんてくだらない」「死って美しい」とか・・・
やたらと元気な子とか、能天気な子をちょっと馬鹿にした目でみてたりね。
いやあ、若かった・・・
「私たちの業種はね、常に勉強しないといけないよ。」
しかし、私が感じるところによると、伝わっていないのでは、と思う。
「勉強って、何をどんな風にするんだ?」と思っているみたい。
そして、「ま、いいか」と、忘れ去られていく。
難しいことを言いたいんじゃないんだ。
社会がどんな風に動いているのか、
志向は、流行は、世論はどう動いているか、
政治は、経済は、世界は、どんな方向に向かっているか。
まずは「知りたい」と思ってもらいたいのだ。
今は新聞でもネットでも、色んな情報があふれてるから、
知りたいと思えば情報はいくらでも手に入るんだから。
そしてそこに、答えが見つからなくてもいいと思うのだ。
例えば読んでいる新聞が違えば社説も論調も違うし、
育った環境で考え方は異なる。
ただ、「知りたい」と思って調べたり、
正反対の意見を聞いてみたり、
そうすることでどんどん「自分が厚くなる」と思う。
一番身につくのは自分の言葉で話してみることだと思うし、
誰かに「教えてあげる」のも最高の勉強だし。
そしていつか、複数の事実の中から
自分にとっての真理であったり信念であったり・・・と
見つけだせればいいんだと思う。
「勉強って楽しいよ!」と、キレイゴト言うつもりはない。
でも、社会に出てからの勉強は、
学生時代の勉強より遥かに楽しく、面白く、
興味深いじゃん!と私は思っている。
やっぱり「学校」が問題なのかなあ・・・
「勉強=つらいもの」という強迫観念は
どうやっても払い除けられそうもないのは事実。
でも格好よく言ってしまえば、
「知的好奇心を満足させる」ってことは、
すっごく楽しいことだと思うんだけど。
「生涯勉強」なんて言葉を聞くと、うへえ〜とげんなりしちゃうけど、
「生涯ミーハーでいたい」といえば、何か楽しそうじゃん。
知らないことがいっぱいある!ってワクワクしちゃう。
知りたいことがいっぱいある!って、嬉しくなっちゃう。
その程度で充分充分。
私は残念ながら「大学」というものに行っていないけど、
ウワサによると「ディベート」とかの講義もあるらしい。
めっちゃ面白そう!しかも正しいディベートのやり方とかあるんだ?!
知らなかった!これは仕事にも役立つんじゃない??!
あとはね、子供の頃に習っていて今はすっかり忘れてしまったピアノ!復活したい!
書道も復活したい!墨汁の匂いって好きなんだよね〜。
あと、バレエが観てみたい!観劇もしたいし、歌舞伎も観たい!
あ、つい「やりたいこと」の話になっちゃうけど、
知りたいこと、やってみたいこと、たくさん覚えておこう。
老後の楽しみにとっておきたい!
・・・と、異様に盛り上がってしまう三十路の独身なのだが。
いやそれは関係ないけど。
で、つまり、後輩たちにも「勉強」の面白さを知って欲しいのだ。
ほんのちょっと小耳に挟んだことだとしても、
貪欲に自分の知識として糧にしてほしいのだ。
確かに仕事しながら勉強って聞くと、大変なイメージだけど、
休憩時間に新聞を読んでみたり(20代なら第一面から読みましょうよ!)
面白そうな本を読んでみたり(小説もいいけどビジネス書も面白いよ!)
あまり趣味じゃないような映画観てみたり、
つまり「自分にとっての勉強」って、スタイル色々でいいと思うんだ。
まして私の業種は、そういう「浅くてもいいから広い知識」が求められる。
中途半端でもいいから何でも知っていたい業種だ。
街を歩くだけでも興味を引くものに出会えるし、
コーヒースタンドで、外を歩く人を見てるだけでも想像力がつくと思う。
携帯いじるよりも、人を見てた方が楽しい。
そう、思い、ま、せんか?
つらつらと書きました。これぞ「つれづれ日記」。
オチも結論も、起承転結もなにもねえ文章。
読んでくれた人、どうもありがとう。
はっきり言って私は好きになれない。
「嫌われたくない」という受動的な思いだけで、
「自分から好きになる」という能動的な思いがまったくないのは、
付き合っていて妙な違和感を感じる。
しかし同時に、
「好かれようと嫌われようと俺は俺」的な人は、
もっともっと困ったちゃんなんだよ!!と
叫びたくなる今日この頃なのである。
私は業種的に「下請け」の立場にいるので、
出す側である「発注者」の態度が良いか悪いかで
やる仕事の質も当然変わってしまう。
悪いけどこっちも人間だし、当然の摂理だと思う。
態度の良い・悪いは、何も外見ではないのだ。
爽やかな僕ちゃんから仕事が入ろうとも、
くたびれたおじちゃんから入ろうとも、
そんなことは気にしない。
たとえあの妻夫木くんが仕事を持ってくるとしても、
他の方との差別なんてしない。
ちょこっとお茶を出す回数を増やしたり、
超特急でやったりするだけだろう。
(充分差別・・・?)
態度の良い・悪いは、
「やらせてやってる」「与えてやってる」臭が
ぷんぷんぷんぷん臭ってくるかどうかで決まる。
確かに当社は下請けだけれど、
年々、様々な方面からご紹介を頂き、
直接やりとりさせていただける企業さんも増えて来ている。
つまり、「下請仕事をもらわなくても、結構忙しくて大変」と
いう状況になることも少なくない。
しかしこちらも仕事だし、これまで充分にお世話になっている
方々からの下請仕事は喜んでやらせて頂いている。
「急ぎの仕事ばっかりでごめんね〜」
「安い仕事だけどさ〜、次に埋め合わせするからお願い!やって!」
と言われてしまえば、「いえいえそんな!喜んでやりましょ!」と
満面の笑顔で受け取れる。
そして、「あの人のためなら安くてもイイ仕事してあげよう」
「○○さんが困ってるなら、なんとか協力してあげよう」という気持ちが、
丁寧で質の高い仕事に結びついているんだな、と感じている。
反面、「こんだけ出すんだから、急ぎでもやれるよな?」
「金出すのはこっちなんだから、言う通りにやればいいだろう」
と言われてしまうと、(あるいはそんな意識を感じると)
途端にやる気は消え失せる。
「道具貸してやるから自分でやれば?」的な思いにかられる。
あのさ〜、社会においては、多少なりとも「うまく付き合う」ことを
第一義に進めなければいけないシーンてあるでしょ?
ココロの中で「バカめ」と思っていても、
顔は「お願い〜。助けてよ〜」と頭を下げる必要もあるでしょ?
たとえそれが下請業者だとしても、ゴミみたいな扱いして
済まされると思うなよ??お?
その気になれば私だって、締切りぶっちぎることも出来るんだよ?
「あ、忘れてた」の一言で、あなたを窮地に陥らせることも可能だよ?
決してそんなことはしないけど、それはあなたのためではなく、
あなたの上司にお世話になったから。周りの信頼を失いたくないから。
それだけだよ。あなたの人格のなせる技では、決してないんだよ。
「俺は客だ!偉いんだ!」と威張るのは勝手だけど、受け取る方も人間だからさ。
あなたの仕事、やっつけで済ましたとしても悪く思わないでよね。
ある人が言った言葉には、
「我々は乞食ではない。媚びへつらって仕事を押し頂く必要はない。
対等の立場でビジネスとしてやり取りして、堂々と仕事をし、
堂々とやった分だけの対価を請求すればよいことだ」とあるのよさ。
「私たちに感謝しなさいよ!」というつもりはない。
でも、無理難題を押し付けておいて、さらに納期をせばめて金額も叩いて、
「いい仕事」してもらえると思っている大きな勘違いは直して欲しい。
「あなたの頼みなら何が何でも聞いてあげたい」と言われる人に、私はなりたい。
そのために、私が「何が何でも頼みを聞いてあげたい」と思える人を増やしたい。
そこには、虚栄心や威張るココロや見栄やプライドや自尊心などはなく、
母のような包容力やしなやかな姿勢やスポンジのような柔軟性だけが必要なんだなあ。
あ、あと妻夫木くんのような男の子も。
男女の恋愛に発展する可能性などない!という
同僚がいる。一応、男だ。
いつも上司に怒鳴られまくる「デキない」奴なのだが、
何だか知らないが時々「私と似てるかも」と思ってしまう。
気が合うのか。合いたくもないのに。そんな変な奴。
「女の子大好き!」を公言してはばからない厚顔な彼の、
存在価値を改めて認識する機会があった。
ある日その彼と「軽く飲んで帰ろうか」となり、
仕事や結婚のこと、同僚たちのことなど
くだらない話も交えて話し合った。
男とこんなに「ぶっちゃけた」話をするのはひさしぶり、と
思いつつ、恋愛遍歴などもちょこちょこ話してた。
「私、次はどんな人と付き合うんかなあ。楽しみだわ」と言うと、
すかさず「俺?」と自分を指差す。「それはない」と私。
「むしろやめて。想像するのもやめて。気持ち悪いわ(笑)」
「いやいやいや、知らないと思うけど俺いい奴だよ?」
「いや、知りたくもないし知ったところで嫌ですから」
「いやいやいや、付き合ってみたら凄いんだよ?」
「いや、付き合ってみないから」
「いやいやいや」「嫌嫌嫌」「いやいや」「嫌嫌」
私を「女」として認識してるんだ、とちょっと驚いた。
天変地異が起ころうとも無人島に流されようとも
彼とどうにかなるくらいなら犬とか宇宙人とかの方がマシ。とすら
思えるのに、口先だけでもお世辞だとしても、
「貴方はいいね、素敵だね」と言われるのは、実際嬉しいのだ。
我が社は本当にアットホームで、
社内恋愛なんて近親相姦みたいで気持ち悪く感じる。
「男として見る」「女性として見る」なんて
なんとなく気持ち悪いべさ、と私(だけ?)は思っている。
しかも、彼と私は同じ年齢であっても、
私の方が職歴が長く彼の上司でもあるので、
結構本気で怒ったり怒鳴ったりすることもある。
だから、そこから何かが始まったり・・・ということは
日本が大統領制になるよりもあり得ないことなんだけど、
何となくイイ気分でいられるのはまぎれもない事実だ。
男性と付き合ったり語り合ったりする経験が乏しかったら、
ちょっと本気で一瞬だけ「好きになる」タイプかも知れない。
幸い、ダテに30年も生きちゃいないわよ、という私にとっては
本当に気を遣わずにいられる「友達」のようなものだ。
女としての部分をちょっと嬉しくさせてくれる
結構、ありがたい存在だと思う。
面と向かって誉めるとか、冗談でも「つきあいた〜い」って言うこと、
思ったより結構イイ潤滑油かもしれない。
「軽薄なやつ」と思われても、なんか仲良くなれる方がいいじゃん。
女性のことでお悩みの男性の方。
オンナは結構、単純なんです。
そゆとこ、「可愛い」と思っていただけるのなら、
もっともっとおだてちゃえ!ほめちゃえ!
女性は調子にのって、もっと「可愛い」人になると思うよ。
ちなみに彼は妻子もちのため、
ほんっとうに心からときめかないことを付け足そう。
ここまでしつこく否定すると、逆に何か…とか思う方がいても、
そういう詮索は不要だ。
むしろやめてください。想像すら。気持ち悪いから。

